稽古日誌 池畑天平

先日より『いにしえの魔術』の方にやっと参加することができました、今までの遅れを取り戻そうとあくせくしております。

気づけば本番まではあと一月を切ってまして、なんか今回結構余裕あるじゃん、とか余裕をぶっこいていたこの間までの自分に渇をいれてやりたいです。

ただ、全体の流れは皆つかめてきてる感じにはなってきてるので、あとはどう面白くするかとお化粧の部分かと、、、そう思いたい、という希望的観測。

兎にも角にも後ろを向かず前に進むしかないんだと改めて思いました。

稽古日誌 古山彩美

と、いうわけで。
はじまってます!
「読み聞かせ」の稽古。

第1回読み聞かせの時はお客さんとして観に行ってました、私は目から鱗だったのを覚えてます。
脚本ではなく、本を声に出して読む。
小学生ぶりではないでしょうか。

台詞ではない台詞。

今でも本を読みますが、
声に出して動いてみたりすると、
今まで結構いい加減に解釈したり、読み飛ばしたり、流したりしていた書き言葉に気づく。

でも、その言葉達を拾って、身体で、声で、表情で表現できたら、きっと素敵!

そんなこんなで、台詞はもちろんのこと、書き言葉も大切に稽古に勤しむのです。

まだ起爆くらい

現在稽古的には前の三分の一が過ぎてきたが、今のところ内容のしっぽを追いかけている段階で、まだ動きだなんだという状態にはなっていない。

この時期はまだ先が見えず皆さんの頭がもやもやしている状態だが、そんな状態だから妙な発想が飛び出してきたりもする。昨日は筒井本サイドの稽古だったが、出演する萬歳さんから「この役は妖精みたいなものですか」という質問が飛び出した。動き的にという意味だったのだろうが、おそらく本人が思っているよりも劇的に、役の在り方とこの話そのものを指している。詳しくは話せないが今回の一話目は、いわば神戸の路地裏に出現した妖精の巣に迷い込んだ男の綺麗で汚い白昼夢と言っていいのかもしれない。

まだ打率はかなり低いものの、突発的にこうした発想が出てくる。光恵、恐ろしい子。頭の中のビジョンを体現する運動能力がまだ不足しているのが悔やまれるが、それはこれから。

他の皆さんも各々、役以前のご本人としての特殊能力を徐々に沁み出させ始めている。良い癖も悪い癖も色々ごった煮の状態である。

稽古日誌と案内

お盆明けに、舞台でもなく朗読劇でもなく“読み聞かせ”やります。稽古中です。いつも、決まって、お腹が減るんだなぁ、、。本を持ったままでいいなんて!と歓喜した私は哀れ、やらなきゃわからないことってたくさんあるのね。あれ、ふと、怒られないとわからないのか、と幼い頃言われていたのを思い出したよ。
さておき、替わりばんこで回ってくる稽古場日誌なのですが、この度初投稿ということで詳細を私情をはさみつつご案内させていただきますねφ(..)φ(..)

LifeR
「大人の為の怪奇な読み聞かせ 2版」
– 薬菜飯店 / いにしえの魔術 –

音と灯りと渾身の(!)芝居でテキストを全身全霊で体現する「読み聞かせ」。朗読ではなく読み聞かせ、むしろほぼ芝居(でも手には本)。しかしながら全て書き言葉(短編小説の台詞と地の文もそのままでお送りします)。お子様には少し刺激の強い怪奇なお話(私にとっても刺激的だったんですけどそれは)。美しい浸食に襲われる洋の「怪」と、気持ち悪いほど爽快になれる和の「奇」の二本をお届けします。恐ろしくも生き生きとした「書き言葉」の空間をお楽しみ下さい。
なお、今回も会場奥のカウンターにて各種ドリンク、軽食を販売しています。少々の、人によっては多量のアルコールとともに大人の時間をお楽しみいただけます。わぁい(*´∇`)

稽古日誌 小笹桂

今日は全員参加の稽古でした。やはり全員参加だと、個々の動きやら、いろいろとやり易いです。なので今日は演出よりザックリではありますが、各々に動きを付けてもらい徐々に形になって来てます。楽しみです。今後の稽古も明るく楽しく元気良く集中してやって行こうと思います。

稽古日誌 池畑天平

さてさて、大人の為の怪奇な読み聞かせ2版、ということで1版に続き今回も参加させていただくことになりました池畑天平です。
稽古も始まりまして、また濃い感じの面々が集まったなという感じです。
朗読ではなく、小説そのままを舞台で演じる。これがなかなかどうして、とても難しいです。
1版の時は、やっとコツというかやり方というか全体像が見えてきて、これからどんどん良くなって行くのだろうなというとこで本番を迎えました。
2版では、これらの反省点を踏まえてさらに良い作品とするため、邁進していきます。

両組稽古進行中

今回の短編2本、両組の稽古が進んでいる。前回もそうだったが今回も皆見事に個性や体内リズムがバラバラだ。嬉しいほどの、右も左も分からない序盤だ。

ともすると私達は特にベテランでもないのに稽古の作法というか立ち振る舞い方みたいなものを判ってしまう。「今日はこのくらいやればいいんでしょ」的な。だが、今回のように微妙に形式が違うものの場合、声を出していいのか、今動いていいのかという次元で本当に解らなくなる。いっそ解らないのなら固まるよりも突拍子もないほうに進んでいただきたいが、あればいいというものでもなく、ちゃんと場の意味において演出の虚を突くというのは難しいだろうと思う。
先日の稽古でそんなクリティカルを出したのが天平さんであった。具体的に何をしたかは言えないが、さすが「前回やれなかった心残りがたくさんある」と仰っていただけあって、踏み込みが早い。

演出をやらせていただいていて楽しいのは、こうした人達をこれから何度も間近で観ることができるという点だ。おまけに職権でそれにケチをつけることもできる。これから本番まで、存分に観させていただきます。

真夏の読み聞かせ、稽古開始

夏に行う怪奇な読み聞かせ。今週から稽古が始まり、また戸惑いと模索の日々に突入した。この形式が初めてとなる出演陣はもちろんだが、いちどやった自分ですら、使う原文が変わるだけでこうも挑み方を変える必要が出てくるのかと新鮮に驚いている。

今回も短編を二本取り扱う予定で、今のところそれぞれ「そうなれれば今回は理想的だな」と想像している稽古と本編の道筋というか、ふくらみ方のようなものがあるが、これももう少し確かになった。一つは役が膨張して話を内側から爆発させる感じ、そして他方は役が話を吸収してから徐々に膨張して最終的に作品の巨大な外枠になる感じである。前回の初回稽古後の雑感と同じく何言ってるかわからないだろうが、私の中の「そんな感じのアレ」をどんどん形にしてゆくのがこれからの稽古だろうとワクワクした、そんな初回だった。

という、これは演出としての私の日誌。

そして協力していただく皆さんには、今回は形式の難しさだけでなく各々に違ったタイプの難題を押し付けることになる。そんなの格好付けて言うようなことでもなく、稽古ならば当たり前っちゃ当たり前なのだが、とりあえず初回の感じでは、押し付ける相手は間違ってなかったが道は険しそう、というところである。